「ありのままじゃない自分」なんかいない

いつであっても、どこであっても、

 

「ありのままの自分」以外の自分に出会うことなんか

 

ぜったいにないんだよな~、と。

 

 

 

「ありのままの自分」というのは、

 

いまここにこうしてあらわれている「これ」、

 

まさしくこの自分のことであって、

 

それ以外にはぜったいにありえない。

 

 

 

つまり、

 

「ありのままの自分」と

 

「ありのままじゃない自分」、

 

このふたつがあるわけじゃなくて、

 

「ありのままじゃない(と思っている)自分」すら、

 

絶対的に「ありのままの自分」だっていうことです。

 

 

 

……意味、伝わっていますかね?

 

 

 

ほんとうのほんとうのほんとうに、

 

「いま」しかないし、

 

「ここ」しかないし、

 

「これ」しかないんです。

 

 

 

「いま」立ちあらわれている「すべて」が「すべて」だし、

 

「ここ」に立ちあらわれている「すべて」が「すべて」だし、

 

「これ」として立ちあらわれている「すべて」が「すべて」なんです。

 

 

 

な、なんだか息切れが……(笑)

 

 

 

でも、ほんとうに、ものすご~くシンプルなことなんですよね。

 

「いま」しかないし、

 

「ここ」しかないし、

 

「これ」しかない。

 

「いま」「ここ」の「これ」以外にない。

 

「いま」「ここ」の「これ」からは、ぜったいに逃れられない。

 

 

 

……とは言え、

 

「いまの自分はありのままの自分じゃないから、

 

ありのままの自分になるために頑張らなきゃいけないんです!」

 

と言って、必死になって努力をするということが、

 

いまここで起こっているのだとしたら、

 

それも決して否定されるべきものではなくて。

 

だって、この場合は、

 

「頑張らなきゃ!」が「これ」になっているわけだから。

 

 

 

「いま」「ここ」に「これ」として立ちあらわれるものの姿は、

 

「自分」の力では、ぜったいに選べない。

 

 

 

「じゃあ、いったいどうすればいいんですか!?」と聞かれても、

 

「すみません、なにもできません」と答えるほかなくて。

 

 

 

でも、その「なにもできません」に徹し切ったときに、

 

ようやく、「ありのまま」の世界に遊べるようになる、

 

ということぐらいは言えるかな……。

 

 

 

なんだか難しい?

 

でも、ほんとうは、

 

びっくりするほどシンプルなんですよね。

 

 

 

このシンプルさと、仲良くできたらいいね。

 

 

 

南無阿弥陀仏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よい一日をお過ごしください◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

©Yoko Koide