「うれしい」を、そのままの大きさで、混じりっ気なしに。

ひとつひとつの「うれしい」を、

 

そのままの大きさで、

 

まるごと味わうことができるというのは、

 

ほんとうにしあわせなことだなあ……

 

なんてことを思います。

 

 

 

昨日の夕方、小雨の降る中、夫と二人、

 

近くのちょっと大きな街で買い物をしたんです。

 

ほんとうにちょっとした買い物です。

 

ものすごく面白そうな本一冊と、

 

大好きなアーティストのCD一枚。

 

それだけです。

 

 

 

そのあと、私たちはインドカレー屋さんに行きました。

 

そしてとてもおいしい夕食をいただきました。

 

 

 

先日も書きましたが、

 

ここ最近の私は大変忘れっぽいというか、

 

まあ、無理やりいい感じ(?)に言えば

 

ほとんど「いまここ仕様」の脳みそで(笑)

 

生きてしまっているので、

 

なにかを食べているときは、

 

食べることに完全に夢中になってしまうんですね。

 

 

 

で、そのカレーがまたおいしくて!

 

アホみたいに「おいしい」を連呼しながら、

 

さきほどの買い物のことなんか忘れて、

 

ひたすらに食べることに夢中になっていたのですが……

 

 

 

そんなとき、

 

ふっと自分のカバンに目をやったら、

 

さきほどの文庫本とCDが

 

ちらっと姿をのぞかせていて。

 

 

 

その瞬間、「あっ」と思ったんです。

 

 

 

なぜなら、そこに生じたよろこびが、

 

ほんとうに「そのままの大きさ」だったから。

 

 

 

単純に、純粋に、

 

「面白そうな本」と

 

「好きなアーティストのCD」が

 

いまここにおいて、

 

自分のかばんの上部からその姿をのぞかせている……

 

その事実を、

 

ただそのままに「うれしい」と思った。

 

混じりっ気なしに、「うれしい」と思った。

 

 

 

それがね、

 

ものすごくありがたくて……

 

しあわせだったんです。

 

 

 

どうしようもない寂しさや

 

物足りなさを埋めてくれるものたちとして、

 

つまり、マイナスを埋めてくれるものたちとして

 

それらの本やCDを見つめるのではなく、

 

ただそれらがいまここにあること、

 

その存在をそのまま祝福しているというか、

 

祝福するまでもなく、すでに祝福されているというか……

 

まあ「祝福」なんていうと大げさですが、

 

なんだろうな……

 

うれしかったんですよね。

 

単純に。純粋に。

 

それらがいまここにあることが。

 

過去も未来もなく、

 

それ以上でも以下でもなく、

 

ただ、うれしかった。

 

うれしかったんです。

 

 

 

本やCDだけじゃない。

 

そのとき、お店の中にあるもの、

 

いや、視界にあるものすべてが、

 

完全に、完璧に、

 

そのままの大きさで祝福されていて……。

 

 

 

しあわせは、いつ何時だって

 

間違いなく「ここ」にある――

 

 

 

そう思ったんです。

 

 

 

……って、意味わかりませんよね(笑)。

 

 

 

読み返して、自分で自分に

 

「わけわかんないよ!」とつっこんでいます……。

 

でも、まあ、このまま載せてしまおう……。

 

 

 

なにか感じ取っていただけるとうれしいな~

 

(丸投げ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よい一日をお過ごしください◎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

©Yoko Koide